そういう見方もありか??
こんにちは!
Summer ?has ?Come ?! ?ですね。
ジージージーと蝉の声が私の座っている後ろの窓から聞こえてきます。この時期は夕立が多く、一雨降ってくれると少しは暑さも和らぎますよね。それと一緒に雷が毎年ついてくるのですが、今年は以外と少ないような気がします。
施設全体でもOA化が進んでいてパソコンの台数もかなりの数になっていますので、いつも雷の時期はヒヤヒヤものです。
ウチには企画室というものがあります。今のところ、パソコン関係やネット関係を中心に動いているところなのですが、今のところ二束の草鞋ですから、担当の職員には苦労をかけていると思います。ゆくゆくは法人全体で事務局とは違った位置付けでの対外的な窓口としての機能をもっていければと考えています。事務局と統合して総務でもいいんですが・・・
とにかく、いろいろなプラスαをもっていける人材を法人の宝として考えれる仕組みを今以上に作りたいよな?!!
先日、久しぶりに会った知人と話をした中で、ちょっとした「視点の違い、違った見方」についての話をしたのですが、というのも以前、全国施設長会議に参加した時の分科会の中で、『社会福祉のパラダイムシフト』という話があり、ちょっと気になっていたのです。
このパラダイムシフトという言葉は難しく、ウィキペディアなど方々を探したのですが、広域な意味合いで用いられる用語のようです。言葉の“ニュアンスや感じ”は理解できたように思います。個々の単語に分けると「パラダイム=モノの見え方、捉え方」、「シフト=位置、方向などが変わる、移る」とあり、まー一様には理解できることですよね。
で、知人とは諸々な話から(唐突に!)金八先生は本当にスゴいのか?って話になったのですが、結論から言うと金八先生が凄いのではなく、「あの生徒達がえらかった、スゴかった」という結論に至りました。
最初は自分でもちょっとダークサイドな考え方に落ちたかなと思い、金八先生の人柄や導きがあったからだろ!と考え直しながら何度か反論もしてみましたが、最後には納得です。(ズー・ヴォー0)
あの時代の背景を考えると、今みたいにインターネットもないし、情報を仕入れるにも一苦労だった時代です。一個人の情報量なんて現代人と比べれば知れています。生徒個人個人が幼く、無知な時代だったのではと思います(純粋?)。
価値観とか倫理観とかいったものが今の時代と比べると画一的で、情報を受ける側は、特定のメディアや雑誌といった、殆ど一方的な見解(極一部分の考え方=常識といったものの形成)からの情報でしかなく、本来あるべき自由な考え方や発想といったことの多様性に気付かなかったのでは?
そういった、時代背景なども含めて、全部ひっくるめて3年B組?が出来上がったのでしょうし、云わゆるカリスマ先生といわれる人物が生み出されたのでは・・・と言った話になったのです。
腐ったみかんと言われた生徒や妊娠してしまった生徒などなど、その時々に問題となる行動を起こした生徒はいたけれど、その実、生徒全員が純粋であったがゆえに、結局、生徒が自分達で苦しみ悩んだ挙句に一定の理解を得られる結果を選んだという事で、強いリーダーシップがあったからとかという話では無く、金八先生ではなくても同じ結果になったのではという結論になりました。自分達で葛藤した挙句、成長したわけですからね。
「金八先生はスゴイ=支配的な常識」から「実は生徒が偉かったのだ!」まさにこれは金八先生のパラダイムシフトです(笑)
ある物事に対する見え方や捉え方というのは、年齢や経験値、時代背景などによって変わってきますよね。これは社会そのものも時として倫理やモラル、俗に言う常識や法律までが変化すると言う事にもなり得えます。
パラダイムシフトとは支配的な常識を疑え!、そして即したものへと変えていきなさい!
という事だと私は理解しました。会社運営に於いても同じ事が言えるのだと思います。
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